理事長挨拶

理事長挨拶

理事長 更家悠介

(大大阪の時代、大阪は元気だった)

 大阪は大正末期から昭和初期にかけて「大大阪」と呼ばれている時期がありました。当時は、池上四郎、關一など大阪市長のリーダーシップで、御堂筋の造営や地下鉄御堂筋線の建設、道路の区画整理に取り組み、市町村合併、改革のシンボルとなる大阪城天守閣の再建などが実現しています。1923年(大正12年)には、関東大震災が発生しましたが、大阪には早川徳次氏をはじめ、数々の被災された方々の移住もあり、新しい人的エネルギーを迎え、東洋のマンチェスターと呼ばれるほどビジネスが栄え、殷賑を極めました。
更に古く、難波宮の時代には首都機能とともに「日本の貿易や外交の窓口」として、また太閤秀吉の時代には「天下の台所」として全国の商流・物流を一手に担っていました。このように大阪は、歴史的・地勢的にも、発展を約束されてきた土地であります。この大阪が、今徐々に凋落していることは、納得のできないが、事実であり、活性化に向けて、住民の意識改革と行動が求められています。

(大阪の凋落を真剣に受け止めよう)

 大阪府の青少年犯罪は、全国ワーストワンです。また大阪市の生活保護は今や18人にひとりです。大阪市の男女の平均寿命は、政令市の中でダントツに悪い。かつて全国ナンバーワン・ツーだった産業も、大企業は本社を東京に移し、中小企業は真綿で首を絞められるように倒産や廃業が続いています。大阪の現実は、非常に厳しい。これでよいのでしょうか?これは、中央集権制度が機能疲労をおこし、大阪がその弊害を最も急激に受けていることによります。加えて永年、大阪府・市が二重行政を行って非効率が生まれ、改革の集中力を欠いたことにも原因があると思います。ゆえ、大阪の凋落は、政治、行政、そしてビジネス界の怠慢の結果であり、それをないがしろにした市民ひとりひとりにも、今しっぺ返しが来ているのではないでしょうか。

私は、本籍は三重県ですが、物心ついてより、幼稚園から大学とずっと大阪で暮らしてきました。そして企業においても、ずっと大阪で仕事を続けてきました。このような大阪大好き人間として、大阪が凋落していくことに問題意識を覚え、また我慢がなりません。大阪に住まいするひとりとして、いつでも、大阪を、楽しく、愉快で、経済も活性化した街にしたいと思っています。また、青少年の教育を充実し、就職が容易にでき、老後も安心・安全が保たれるような街にしたいと思っています。そのため、今こそ市民ひとりひとりが立ち上がり、大阪の改革を成し遂げなければいけません。

(大阪の活性化をめざし、元気な大阪にするために活動します)

 大阪人は、新しいもの好き、よく言えば進取の気性があると思っています。また東京を始め、他地域でも、クリエーターやプランナーなどに、多くの大阪人が活躍していることは事実です。堺屋太一先生は、「いいことも悪いことも大阪から始まる」と喝破しておられますが、いま大阪では、府市統合により大阪都構想を実現しようとするなど、大きな変化が芽生えてきています。当会は、このような大阪の変化を受け、大阪が元気な地域になるよう産業の活性化をはかるため、そして地方分権、地域主権、地域主権型道州制の導入へのさきがけとなるよう、各種の研究や、政策の策定や実施への支援をおこないます。そして大阪が元気になり、活気・活性のある地域になれば良いと思っています。
当会は、ある篤志家の、大阪に対する熱い思いと、個人のご寄付をベースに設立され、運営が始まりました。当会が発足するきっかけとなった大先輩の思いを胸に、従来の発想と枠組みを超えて、大阪が元気になるよう、有意義な活動を行いたいと思っています。
ご支援、ご協力を、何卒よろしくお願いします。

平成25年5月
特定非営利活動法人大阪を元気にする会
理事長 更家悠介